君が代は千世にやちよに細石の巌と為りて苔の産すまで 国歌の原典初出は『古今集』巻7「「わが君は千世にやちよにさゞれいしのいはほとなりてこけのむすまで」 この時代にすでに「よみ人しらず」の古歌でした。『和漢朗詠集』にも採られているところを見ると朗詠歌として民間に歌い継がれてきていたのでしょう。のち鎌倉・室町時代には歌謡として白拍子が「君がよはひはちよに・・・」と歌舞し、南都興福寺の延年舞や、江戸時代の神楽歌、琵琶歌にもとりあげられています。 こうした呪術的な色合いを持って祝歌として伝わってきたことは、音律が良く比喩の内容も優れているのみならず、言語に内在する力、つまり言霊への信仰心の介在を感じさせます。 明治三年、当時日本で唯一の洋楽隊は薩摩藩で、諸外国に国歌があるのを知って、古来薩摩藩士がめでたい折には必ず用いていた「君が代」を天皇に対する礼式曲として選んだことにはじまって国歌となりました。 「君が代」を「天皇の治世」とする固定解釈がなされ軍国主義者に利用されたのは、残念なことでした。 世界中の国歌の中で最もすぐれた歌詞であると評価されている国歌を持っていることを誇りに思います。 君が代のヨ、ちよにやちよにの「よ」荒木博之著「やまとことばの人類学」-日本語から日本人を考える-朝日選書293-朝日新聞社-1985-の訳は「あなたのよ(=一年という距離をおいて与えられる生命力)がみちみちて、千回も八千回も繰り返し更新され、小さな小石が岩になって苔の生える永劫未来まで若々しくありますように」 となっています。 この本に書かれている君が代のヨ、ちよにやちよにの「よ」についての研究をご紹介させていただきます。 「よ」は一般に、世、代、節、齢とされています。 これによって『源氏物語』薄雲の 稲妻やひと切づつに世が直る (『おらが春』) また「常世国」の「よ」もインド・ヨーロッパ的な直線的時間空間とは違った「ある時間的距離において与えられている生命力」が常住不変に存在するところ、「常世」ということになるでしょう。 「ゆ」について地域によって違いはありますが「湯」はユまたはヨと発音されます。英語では水です。あえてhot waterと言って見たところで薬湯・温泉・入浴の意味にはなりません。日本人にとって「湯」には再生の生命力が篭められていると考えられます。関西の女性・子どもことばでオブというのも「湯」です。この発音には土佐のオブやウブが魂に近い生命力を意味することとも通じます。『古代史ノート』の谷川健一氏が「うぶすな」は「産小屋の内部に敷いた砂」を指すとした説もオブの意味を湯だけでなく聖なる涌き水、潮も再生の力を有していると考えることで充分に納得できます。現に琉歌にこの三種の水が並列に乙女が再生すると歌われているものがあります。 壬生部、乳部などと表記される「ミブ」といわれる人々は天皇の「御湯殿」における神聖な秘儀をとりしきっていました。 江戸の銭湯の入浴の形も洗い場と浴槽とは、豪華な鳥居を飾り立てたようなしきりで別室となっていて石榴口と呼ばれる小さな戸口から出入りしました。山東京伝が「賢愚湊銭湯新話」に書いているところでは「風呂口より出る人は産湯を浴びて生まれでる如く、着物を脱ぎ捨てて風呂へ這入る人は、此世に金銀家財を残し置きて、死して沐浴を受くるが如し」。 日本人の風呂好きはきれい好きなだけではないようです。 湯種蒔く こうして「よ」・「ゆ」という音で表現される日本語の中に日本人独自の時間論、空間論、あるいは生命論をさえ知ることができます。これは日本人の宇宙論とでもいうべきものに他ならないでしょう。 ・・・たくさんの研究事項の中からかいつまんで少しだけのご紹介になってしまって申し訳ございません。君が代の「よ」を一年とされているわけについては次作で紹介させていただきます。食品栄養摂取量だけでは量りきれない生きる力のもとを、稲妻や湯にも感じる日本人の宇宙論をどうお思いになりますか。 |
2001.8.4加筆 |
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